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フーテンライダー


数日前から鍛え上げた筋肉が悲鳴をあげている。
今回は厳しい旅になりそうだ。往復で600キロは超える。それも晩秋の新潟だ。並みの身体じゃもたない。腹筋6回、腕立て伏せ7回、スクワットに至っては5回、十分に身体を痛めつけている。あと残るは体幹訓練だけだ。
向かうは十一月三日、新潟県南魚沼市「池田記念美術館」。懇意にさせて頂いている彫刻家御夫婦の展示会だ。
オレの愛車「ロンリーウルフ」は中央道、圏央道、関越道とその先に向かって疾走しオレと共に風になる。
まずは今日からイメージトレーニングだ。

関越道の大和インターチェンジで下りるともう午後1時を過ぎている。筋肉とバイクプロテクターで守られた身体にも疲労が蓄積している。「ロンリーウルフ」もそろそろたっぷりな休養が必要だ。軽く食事を取るために国道265線を日本海に向けて進んでいく。浦佐駅手前の三国街道を左折し、しばらく走ると田園風景が広がる。少しばかり冷たい風が襟元から入って来る。やはり季節が東京より数週間先に進んでいる。街道添いの家が疎らになり、その先にポツンとそば屋が見える。冷えた身体には熱い天婦羅そばが必要だ。やたらと広い駐車場に移築したのか立派な藁葺き屋根の古民家があった。
ゆらりゆらりと「そば」の暖簾がゆれている。オレは「ロンリーウルフ」を砂利引きの駐車場に止めると西部劇のガンマンが愛馬を労るのようにガソリンタンクをポンポンと2回叩いた。オフロードヘルメットを脱ぐと汗をかいたぶんだけ冷たい風が心地いい。バックミラーで髪型を整え、まずは「ロンリーウルフ」に寄りかかってタバコを一服する。ゆっくりとタバコを吐き出しながらそば屋を眺めてみる。営業中という木札が風でクルクルと回っている。駐車場にはオレ一人だ。休みなのかなと思ったが、明かりは付いているようだ。ここにきて休みだと困ってしまう。オレの身体はすっかり天婦羅そばモードになっている。いまさらチーズインハンバーグなんて食えない。吸い殻をエチケット袋に詰め込むと颯爽と暖簾を分けた。
立て付けの悪い扉を押し開けると店内は暗くてカビ臭い。一歩踏み込むと何十年も籠って固まった空気が動き出した。なんか違う。絶対違う。
えぇ!やってないの?
もう一度扉から離れて古民家を見渡すと「営業中」の木札がクルクル回っている。なんだ廃屋か、、。
せっかく天婦羅そばの気分だったのになぁ。せめてイタリアンハンバーグだなと自分に言い聞かせる。仕方なく踵を返して「ロンリーウルフ」に向かった。
「どうぞ〜」
なんだか艶っぽい声がした。振り返ると暖簾の前に和服の女性が微笑んでいる。
「どうぞ〜、奥で仕込みしてたから、ごめんなさい」
透き通るような白い肌に、切れ長な瞳だった。これが新潟美人かぁと見とれてしまった。
「あ、お店やってたんですね」
「ええ、ひとりで切り盛りしてるから」と妖しく微笑んだ。
「そうでしたか、じゃちょっと」
年の頃なら三十前半だろうか、乱れた髪を掻き上げるようにして店の中に入っていった。オレは引きつけられるように付いていった。暗くてカビ臭い店内は嘘のようにポツンポツンと明かりが灯り、湿気を含んだそばつゆの匂いが古民家を満たしていた。
「どちらからいらしたんですか?この辺りじゃないですよね」
「えぇ、東京から」
「それはしんどいこと」
「え?」
「ふふ」と微笑し調理場らしき奥に消えた。
オレは店内を見回した。天井は煤で黒ずみ、古い土壁は所々剥げ落ちている。雰囲気を出すためなのかよく見ると明かりはアルコールランプだった。
何があるんだろうと見まわしてもメニューらしきものはなかった。
まぁ「そば屋」って書いてあったし、地元の素材で天婦羅ぐらいあるだろう、プリプリのエビなんていいなぁと思うと急に腹が減って来た。
スーッとテーブルに湯呑み茶碗が置かれた。
「お体冷えたでしょう?」
「いや、ちょっとだけ」
女将さんはぺたんとオレの前に座って「瓢湖に白鳥来たみたいだし、霜も降りたし、そろそろ衣替え。天婦羅そばで暖まってちょうだい、お兄さん」
切れ長の瞳にランプの光が反射し、泣いているように見えた。
「今日は泊まり?」
「まだ決めてないけど、日帰りはちょいきついですね」
「部屋空いてるし、泊まっていけばお兄さん」
「あの〜お兄さんて、もうオヤジですよ」
「お兄さんだよ、お客さんはお兄さん」
調理場でコトリと音がして眺めるとやがてズリズリと引き摺るよう音に変わっていった。
小さな老婆が頭上にお盆を掲げ、大盛り天婦羅そばを献上するかのようにズリズリと近づいてきた。
女将は少し不機嫌そうに「なんだい、もう出来たのかい。お兄さんとお話してたのに、まったく」
「いま、この時が食べごろで」枯れた声で老婆が言った。
テーブルに大盛り天婦羅そばが置かれた。
一口啜ると鰹と昆布の旨味が口に広がり、醤油の香ばしい香りが鼻から抜けた。
つづいて海老天婦羅を頬張ると肉厚に驚いた。オレはその旨さに圧倒された。
「二百三十年継ぎ足した秘伝のタレです」老婆が上目使いで口元を緩める。
オレはつい軽口をたたきたくなって「そんなに足してたら二百三十年前のもの無くなるでしょう」
二人の表情が一変した。
「なんてことを、、、お嬢が守り続けてきたタレを、、」
女将はみるみる涙目になった。
「二百年、平穏な日々ばかりじゃありませんぞ。天変地異や山賊に襲われ、その都度タレ釜を抱えて逃げよった。お嬢は大切に、、」と言ったきり老婆は嗚咽した。
「いや、あの、ちょっとジョークみたいな、そんな感じで、、鰻屋なんかで、、、よく、そんなことを、、、」
「村人は崇めてくれました」女将が語り出した。

いいイメージトレーニングだ。


赤城高原SA  この時は晴れていましたが、関越トンネル抜けると雨でした。
新潟4

魚沼市 池田記念美術館
パラパラと小雨。降ったり止んだりでした。
新潟1

ご夫婦の作品 右がご主人、左が奥様の作品。これは展示の一部屋です。まだ多くの作品があります。
新潟3

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